バリキャリ女子もどきのゆるゆる日誌(育休中)

総合職女子という人種が日々の生活で思うことをゆるゆると綴ります。

母親だから、母親だけど

暇なので私の住処twitterから色んな記事を読み漁ってるのですが、最近一番心に残ったのはこれ↓

スズメになりたかったあーちんと、子育ての「わからない」について|桜林 直子(サクちゃん)|note

この方の思考がわりと好きでtwitterもフォローしてるし、noteも更新される度に読んでるんですけど。この記事の考え方は特に真似したいなと思いました。

 特に文中のこの部分。

子育てといっても、相手の年齢がだいぶ下で血縁関係があるというだけで、自分とはちがうひとのことはわからない。わからないからといって否定もできない。わからないまま楽しみに見守ることしかできない。

自分のお腹に命を授かって、色んな子育てに関する記事を読んだり、人から話を聞いたりする中で感じたのは、世の中には「母親だからこうでなければならない」という思い込みや、「母親なのに〜してあげないの?」という批判が必要以上に多い気がするということ。そしてその奥に感じるのは、女は母親になったら「〇〇ちゃんのママ」としての役割だけで生きていくのが当然でしょ、というハイパー昭和的な考え方。

 

それらを見聞きする度に私は「でも、母親だけど子どもとは別人格の人間だもの…」と思ってしまうのです。

 

もちろん、子どもが幼いうちは「〇〇ちゃんのママ」としての役割を第一優先にしなければならない場面もたくさんあると思います。夫におっぱいは出せないし、子どもは本能的に母親の愛情を求める生き物でしょうし。

ただ、子どもがある程度自立した段階においても「〇〇ちゃんのママ」としての役割だけで生きていかなければならないという呪いにかけられ、自分のやりたいことを我慢し「子育てのせいで(子どもがいるから)私は〜できなかった(できない)」と愚痴のように言ってるママたち。また、自分がやりたいことをしない代わりに、不必要に子どもに期待をかけ、「子どものやりたいこと」ではなく「自分がやらせたいこと」を子どもにさせるママたち。要は「子どもの人生に自分の人生を依存するママ」。結構いますよね?彼女たちは一見「子どものためを思って」「子どものために」自分の人生捧げる良いお母さんを演じているように見えますが、それってすごく身勝手なんじゃないかなって思います。

そもそも「子育てのせいで〜できなかった」が事実であったとしても、子どもを産むって決めたのあなたでしょ。子どもからすれば、産んでくださいなんて一言もお願いしてないし、あなたの勝手で産んだのに私のせいにされても…という感じでしょう。そう考えると子どもを産むということ自体が親のエゴなんですよね。だからこそ、自分たちのエゴで産まれてきてくれた子どもには「親のやらせたいこと、親が望む道」ではなく、たとえ私たち親が理解できないことでも「自分のやりたいこと、自分が望む道」に進んでもらい「産まれてきてよかった!」と思ってほしいのです。

そしてそのためには、 まず自分自身が「〇〇ちゃんのママ」だけで生きるのではなく、会社員としての自分、趣味を楽しむ自分など、いろんな自分を持ち、自分自身の人生を楽しむことが必要なのではと思います。だって母親と子どもは別人格の人間だから。その人生を重ねることはできません。

 

 

 まあ、子育て始まったらこんな甘っちょろいこと言ってられなくなるのかもしれないんですけどね(°▽°)笑

それでも、私は母親になっても自分の稼いだお金で自分の好きなものを買いたいし、2年に1回くらいは女友達と旅行に行きたい。その気持ちは大切にしていきたいと思います。